OSAMUGOODS COMPANY

OSAMU'Sマザーグースのキャラクター達が、9編の楽しい物語の主人公になったスペシャルブック。
ファンなら誰もが枕元に置いていた本、『BEDTIME STORIES』をご紹介します。

● シチリア島のイルカの物語

林 真理子

P.097 - P.103

「まぁ、いいじゃないか。ジョゼッペはまだ赤ん坊なんだし。この子はりこうすぎるぐらいだから、ひとつぐらい赤ん坊らしいことをしてくれると安心するよ」
 僕はこの言葉にすっかり感激して、ハイハイしながらパパの足ににじりよった。途中でお茶を入れていたママがすばやく気づいて、タックルをかけようとしたが、それより早くパパが抱き上げて膝の上に乗せてくれた。ママは自分が同じことをしてもらおうと思っていたので、すごい目づきで僕をにらんだ。

 よくママや近所の人は、パパのことをハンサムだというけれど、僕には髭がいっぱいで顔のことはよくわからない。ただパパからはいいにおいがした。それは春になると、このシチリア島全体をおおうオリーブやオレンジの香りとは違った、もっと複雑で長い間積みかさねたようなにおい……それはパイプ煙草のにおいだった。
 パパは片手で僕を抱いて、丸く平べったい缶のふたをあける。中には枯れたような葉っぱをきざんだのがいっぱい入っていて、パパはそれを大切そうにパイプの中に詰めるのだ。
「これはマルセイユにしか売っていない極上品だよ、これを切らしたりすると、俺は本当に心臓がとまりそうになる……ジョゼッペ、どうだい吸ってみるかい?」
パパはふざけて、僕の唇におしあてようとした。僕は大いに興味はあったが、すぐ横でママがみはっていたので、仕方なく、さも嫌そうに顔をそむけた。

 パパは僕を膝の上に抱いて、ママの入れてくれたお茶を、パイプをくゆらしながら本当に楽しそうに飲んだ。

 それからパパのおみやげ披露。ママのためにフランスの帽子、日本のキモノ、僕のためには南国の土人がつくったというおもちゃや、ドイツのとてもきれいで精巧にできた積み木が、つぎからつぎへと開けられた。
 ママは嬉しさのあまり、涙でぐしゃぐしゃになって、菊と富士ヤマのものすごく派手な模様のキモノをひっかけ、羽飾りのついた紫色の帽子をかぶって、踊る真似さえはじめるしまつだ。
「その帽子よく似合うよ、パリでいちばん流行っているやつなんだ」
「ジュリアーノ、よくあなたが女の帽子なんか買えたわね」
「いや、なに、仲間についてってもらったのさ」

パパのパイプを持つ手がちょっとゆらいだのを、僕は見逃さなかった。でもママはそんなことを全く気にせず、例の派手なキモノを着たままパパに抱きついて、キスの雨をふらせていた。
「ああ、ジュリアーノ、あたしとっても幸せだわ、次に帰ってくる時は、千個の真珠とイルカよ」
「イルカ、なんの話だい」
 パパは不思議そうな声で聞かえした。かわいそうなママ、パパはあの約束なんかまるっきり忘れてしまってるんだ。
ママは少ししょんぼりして、パパから離れて鍋の方に行った。この場合、パパを責めるのはちょっとかわいそうだと僕は思った。結婚前に出まかせに行ったことなんか、いちいち男なんか憶えてやしないんだ。

 それでも、パパのいた半月はすばらしかった。ママはすぐ僕をベットに入れたがり、僕は抵抗してママの手を噛む、といった小ぜりあいはあったものの、おおむね親子三人の暮らしは幸福で、パパの膝はしっかりと僕専用になったのだ。

 パパは僕にいろんなことを話してくれた。もちろん、僕はなにもわからないことになっているから、そばでもうじき出航していくパパのために、つくろいものをしたえいしているママに聞かせるためだったのかもしれないが、話の内容といい、じっと僕をのぞきこんだ様子といい、僕のために話してくれたとしか思えない。
 太平洋で鯨と衝突しそうになった話、夜の海で人魚としか考えられない、キラキラ光る物体を見た話……僕は非常に興奮して歯をくいしばったら、歯がまだないのでタラタラよだれが流れて困った。けれどパパはやさしく指でぬぐってくれて、
「ジョゼッペ、おまえもパパの後をついで船乗りになってくれるといいんだけどなぁ……」と何度もつぶやいたりしたのだ。
 パパの膝の暖かさと煙草のいおいは、すっかり僕の身と心にしみついて、今ではどんな子守唄より安らかに眠りに誘ってくれる。
「もうじき葉がきれそうだなぁ…、近いうちに買いに行かなきゃ、何とかしなきゃ…」

 僕はパパのぼんやりした言葉を、すこしまどろみながら聞いた。パパがどうしてこんなに煙草の葉にこだわるのかよくわからない。手にもったパイプとタバコの缶が、急に不吉なものにその時の僕には感じたのだ。

パパがいる間、僕がまるでおもちゃのようにさんざんいじくりまわした丸い缶。赤と黄色でヤシの木と船をかいた煙草の缶が、なにか非常に大変な秘密をもったもののように思えた。赤ん坊独特のカンはよく当たるのだ。ホントに。

 

OSAMUGOODS STORYより「OSAMUGOODS BEDTIME STORIES」

ー あとがきより ー

マザーグースのうたをテーマに、OSAMU GOODSのキャラクター達が生まれてから、早くも十年近く(サイト編集部注:この本が出版された1984年時点で)たちました。

皆さんに可愛いがっていただいた彼らも、すこしずつ生長したようです。
このたびは、彼らのひとり一人を主人公にして、楽しい物語を書いてもらうことになりました。

たとえば、いつもへいの上から転落ばかりしていた、あのハンプティ・ダンプティは、安西水丸さんのハードボイルド・タッチによって颯爽たるダンディ(?)に変身し、いつも丘の上の井戸に水を汲みにいっていたジャックとジルは、鈴木海花さんの筆によって、ロマンチックなラブロマンス物語のヒーローとヒロインにしていただけました。
他のキャラクター達もそれぞれに、素晴らしいストーリーを演じることができて、さぞかし喜んでいるに違いありません。

この本を名付けて、オサムズ・マザーグースの「ベッドタイム・ストーリー」。あなたが、夜おやすみになる前に、ひとつづつお読み下さい。そして、その後に見るあなたの楽しい夢の中で、彼らも一緒に遊んだり話したりして、あなたの親友の仲間に加えられることを願っています。

おやすみなさい。

原田 治