OSAMUGOODS COMPANY

OSAMU'Sマザーグースのキャラクター達が、9編の楽しい物語の主人公になったスペシャルブック。
ファンなら誰もが枕元に置いていた本、『BEDTIME STORIES』をご紹介します。

● シチリア島のイルカの物語

林 真理子

P.103 - P.109

次の日の朝、僕がまだ眠っている間にパパは次の航海に出ていってしまった。今度の航海は短くて、あと一ヶ月すれば帰ってくるとママは言っていた。そのせいかママもあまり泣かず、僕は少し歩けるようになって、隣のマチルダおばさんちの、山羊のミーシャと毎日一緒に遊ぶ仲になった。
ミーシャはシチリア島でも一、二を争うお婆さん山羊で、毛がところどころはげ、ちょっと見たところでは、いったい何という動物かあてることはできないだろう。
ミーシャはとてもやさしい性格で、僕が残り少なくなった毛をひっぱったりしても何もいわなかった。誰も見ていないと、僕はミーシャの背によじのぼり、船長が双眼鏡を手に持ってそうするように、背すじをピンとのばして遠くの海をみつめた。
シチリアの海の色は世界中で一番美しい、とパパは言っていた。濃すぎるぐらいの紺がどこまでも続き、大きな船が二、三、水平線の向こうに見えかくれしている。もうじきパパの船もこの港に着くんだ、と言ったらミーシャも嬉しそうにミャーと鳴いた。

こうしているうちに、あっという間に一ヶ月がたった。それなのにパパは帰ってこなかった。そしてパパが帰ってくると言った日から二週間もすぎて、ママはまた泣くようになった。
それは前のような泣き方じゃない。パパが今度の航海にいくまでは、ママは泣き虫といっても、もう少し慎みのある、ちょっと甘えた泣き方だった。
それがこの頃のママときたら、体中の水分をしぼるような泣き方だ。僕にスープをくれることも忘れて、一日中泣きながらマリアさまに祈りつづけている。

僕はミーシャのところへ遊びにいくのもなんとなく気がひけたので、パパのおみやげを持ち出して遊びはじめた。
すると積み木のかげに、パパが置き忘れていった例の煙草の丸い缶が出て来た。
僕はとても懐かしくなって、手のひらでたたいたり、ころがしたりしてみた。その時、
「ジョゼッペ!!」
というママの悲鳴が聞こえてきたのだ。ママは恐ろしい顔で、僕の手から缶をひったくると、窓ガラスに向かって投げつけた。ものすごい音とママの泣き声が同時に起こった。
「けがわらしいわ!あんなものさわって」
ママの取り乱し方は普通ではなかった。まわりにとび散ったガラスもかたづけず、床にうっぷしておいおい泣き始めたのだ。

騒ぎを聞きつけて、マチルダおばさんがやってきた。ミーシャも心配そうに戸口からのぞいている。
「どうしたんだい、しっかりおし、なんていうこったろうねえ、まったく」
「お、おばさん、あたしもう駄目、死んじゃう、わ」
ママの眼から大つぶの涙がいくすじもこぼれた。それは僕がはじめて見る、ママの絶望の涙だった。
「ジュリアーノが、他に好きな女の人ができたの……」
「なんだね、そのくらいのこと。船乗りに女がいない方が不思議だよ。
だけどジュリアーノにとっちゃ、家族はたったひとつ、あんたとジョゼッペだけなんだよ、しっかりおし!」
「うちの人、その女の人のところへ行ってもどってこないの……、このままずうっと一緒に暮らしたいって……」
「まあ、なんてこったろうねえ、相手はどんな女なんだい?」
「ジュ、ジュリアーノが必ず煙草を買っていた、マルセイユの煙草屋の店員よ……」

僕はこれでいろんなことがはっきりしたと思ったが、さすがにママに同情した。確かにママは妻としても、母親としてもいたらないところがいっぱいあった。ホントに。
けれどもパパのことをあんなに愛して、パパが帰ってくるのだけを楽しみに、パンを焼き、果実酒を作っていたママに、一方的に別れをいうなんてあまりにもひどいやり方ではないか。

「フランス女は本当にタチが悪いからねえ、相手が女房持ちだろうとなんだろうと、見さかいないんだから」
マチルダおばさんはママをいっしょうけんめい慰めたが、ママはそれから泣いて泣いて目がつぶれるような毎日をすごしたんだ。

ママもつらかったかもしれないが、僕もがんばった。だいいち、ママは僕のことをほったらかしにしていたので、マチルダおばさんが僕の世話をしてくれなければ、僕はお腹が空いたあまり、ミーシャのおしりに噛みついていたかもしれない。

 

OSAMUGOODS STORYより「OSAMUGOODS BEDTIME STORIES」

ー あとがきより ー

マザーグースのうたをテーマに、OSAMU GOODSのキャラクター達が生まれてから、早くも十年近く(サイト編集部注:この本が出版された1984年時点で)たちました。

皆さんに可愛いがっていただいた彼らも、すこしずつ生長したようです。
このたびは、彼らのひとり一人を主人公にして、楽しい物語を書いてもらうことになりました。

たとえば、いつもへいの上から転落ばかりしていた、あのハンプティ・ダンプティは、安西水丸さんのハードボイルド・タッチによって颯爽たるダンディ(?)に変身し、いつも丘の上の井戸に水を汲みにいっていたジャックとジルは、鈴木海花さんの筆によって、ロマンチックなラブロマンス物語のヒーローとヒロインにしていただけました。
他のキャラクター達もそれぞれに、素晴らしいストーリーを演じることができて、さぞかし喜んでいるに違いありません。

この本を名付けて、オサムズ・マザーグースの「ベッドタイム・ストーリー」。あなたが、夜おやすみになる前に、ひとつづつお読み下さい。そして、その後に見るあなたの楽しい夢の中で、彼らも一緒に遊んだり話したりして、あなたの親友の仲間に加えられることを願っています。

おやすみなさい。

原田 治