OSAMUGOODS COMPANY

OSAMU'Sマザーグースのキャラクター達が、9編の楽しい物語の主人公になったスペシャルブック。
ファンなら誰もが枕元に置いていた本、『BEDTIME STORIES』をご紹介します。

● シチリア島のイルカの物語

林 真理子

P.084 - P.091

 僕がなぜこんなに、意志の強い、しっかりした赤ん坊になったかというと、あなりにもママが泣き虫だったからだ。
 まったくママのよく泣くことといったら、まるでそれが仕事みたい。台所でスープを作っていたと思ったら、突然エプロンで顔をおおったり、縫いかけのシャツをほおりだしてしゃっくりあげたりする。それに三回に一度ぐらいは、
「ああ、かわいそうな、ちっちゃな私の赤ちゃん!」とか言って死ぬほど僕を抱きしめて、うっとりと悲劇の母親の気分に酔ってしまうから、内心僕は迷惑している。
 こういうと、人は僕のことを、何と同情心のない生意気な赤ん坊と思うかもしれないが、パパが船乗りで、年に何回とかしか家に帰ってこないからといっても、そんなことはこのシチリアの港町ではあたりまえのことではないか。

 現に隣のマチルダおばさんなんか、去年のクリスマス以来、だんなさんに会っていない、といっているけれど、脂肪と陽気さのかたまりみたいで、いつもほがらかだ。僕の顔を見るたびに、
「ジョゼッペ、あんたは本当にいい男だねぇー、お父ちゃんよりずっとハンサムになるよ」
といって、必ず僕のほっぺたにキスをする。マチルダおばさんは、特製のパスタのせいで、キスをする時ちょっとニンニクのにおいがするけれど、ママの涙でぐしょぐしょに濡れるキスよりずっといい。

 僕はママに、マチルダおばさんのようにしろといっているわけではないのだ。ただママは若いし、好きで船乗りのパパと結婚したのだ。そして留守がちだといっても、僕という天使のような可愛らしい子どももいるのだから、もっと前向きに生きてほしいと、僕は思っているだけなのだ。

 僕のように八ヶ月の赤ん坊でさえ、そのくらいのことを考えているのに、ママのように二十一歳にもなって、朝から晩までピイピイ泣いているのは本当に不思議でたまらない。そしてママとマチルダおばさんは、僕のように泣かない赤ん坊は見たことがないといって驚いている。
「最初は病気じゃないかと思ったわ。だってこの子のちゃんとした泣き声聞いたの、産声ぐらいですもの」
「本当にたまげた赤ん坊だよ、お腹がすいたり、おムツが濡れたりすると、怒った顔して、ベッドのはしをどんどんたたくんだからねぇ――」
「泣かないかわりに、笑ったりもしないのよ」
ママとマチルダおばさんは、かわるがわる僕の顔をのぞきこんで、僕の表情から何かを探ろうとしたので、僕は知らん顔をきめこんだ。

「ところでジュリアーノの船はいつ帰ってくるんだい」
 ふいにマチルダおばさんはママに尋ねた。ママは僕を落とすようにベッドにおくと、おばさんの方を振り返った。いつでもママは、ジュリアーノという、パパの名前を聞くと夢中になってしまうので、そのたびに僕は命がちぢむような扱いをうけることになるんだ。
「来月帰ってくるって手紙が来たわ」
「そりゃあ楽しみだね。考えてみりゃ、あんたもかわいそうさ、なんたってシチリアの出じゃないもんねぇ。囲りにゃ頼りになる親類もいない。そういや、あんたはジェノバの生まれなんだって」
「そう、陶器の工場に勤めていたの。戦争の終わった年にジュリアーノと知り合ったの、私十六だったわ」
「へぇ――、若い頃のジュリアーノってやっぱり今よりいい男だったかい?」
「あの人、軍曹の制服着てたわ。そして僕ら兵隊は君たちを守るために戦ってきたんだから、君は僕を幸福にしなきゃいけない、なんていって強引にプロポーズしてくるの…」
「へぇ――、ジュリアーノもシチリア男にしちゃやるじゃないか。おおかた兵隊の時、ローマ男にでもおそわったんだろうて」
 ママとマチルダおばさんは、僕を前にくだらない話に花を咲かせはじめた。

 世の大人は、赤ん坊というものは、何も言えず、何も考えない生き物だと思っているらしいが、これは大きな大間違いだ。まれには僕のような赤ん坊が存在することもある。他の赤ん坊と知り合うチャンスがないので、はっきりしたことはいえないが、よその赤ん坊も、世の大人が考えるほど、そう馬鹿ではないと僕は思うのだ。
 そうでなければ、このようにか弱い体で人間の世界に突然ほおり出されて、生きのこれるはずがない。いかにも同情を誘う、弱々しい泣き声、『天使のようだ!』とかなんとか呼ばせる、このあどけない笑顔。すべて大人からたっぷりとミルクをもらうための、計算されつくした行為だと言えないことはないだろうか。

 ところがこの赤ん坊の知能は、言葉が喋れるようになるのとひきかえに、急激におとろえて消えていくものなのだ。体が動けず、言葉も話せない体で生き残るために、神さまから与えられた頭脳は一時的なもので、大人たちに知られては都合が悪いものなのだ、と僕は思う。
 実際、僕の頭が一番さえていたのは、生まれて二ヶ月後くらいだった。毎日が眠るだけの生活だったが、閉じたまぶたの下で、僕は突然うかんだ哲学の定理を、どう体系づけようかとあせっていた。

 そんな時、パパの友だちがフランスのサルトルという作家のことを話し出したんだ。彼の提唱する実存主義とかいうものが、近ごろフランスで大流行しはじめ、パリのどーとかいうカフェでは、いいうちの若い娘が昼間から煙草を吸って酒を飲んでいるらしい、などという話だった。
 ベッドの中で聞いていて、僕は興奮したね。うまく僕の定理と結びつけられるのではないかと思ったりした。けれども、彼のいう無神論と僕の考えがどうしても結びつかないんだ。だって現に神さまはいるんだもの。こうして僕たち赤ん坊に、奇跡を与えてくれる方…さすがのサルトル先生も、自分が赤ん坊の時のことはすっかり忘れてしまったらしい。

OSAMUGOODS STORYより「OSAMUGOODS BEDTIME STORIES」

ー あとがきより ー

マザーグースのうたをテーマに、OSAMU GOODSのキャラクター達が生まれてから、早くも十年近く(サイト編集部注:この本が出版された1984年時点で)たちました。

皆さんに可愛いがっていただいた彼らも、すこしずつ生長したようです。
このたびは、彼らのひとり一人を主人公にして、楽しい物語を書いてもらうことになりました。

たとえば、いつもへいの上から転落ばかりしていた、あのハンプティ・ダンプティは、安西水丸さんのハードボイルド・タッチによって颯爽たるダンディ(?)に変身し、いつも丘の上の井戸に水を汲みにいっていたジャックとジルは、鈴木海花さんの筆によって、ロマンチックなラブロマンス物語のヒーローとヒロインにしていただけました。
他のキャラクター達もそれぞれに、素晴らしいストーリーを演じることができて、さぞかし喜んでいるに違いありません。

この本を名付けて、オサムズ・マザーグースの「ベッドタイム・ストーリー」。あなたが、夜おやすみになる前に、ひとつづつお読み下さい。そして、その後に見るあなたの楽しい夢の中で、彼らも一緒に遊んだり話したりして、あなたの親友の仲間に加えられることを願っています。

おやすみなさい。

原田 治