BOOKS
–1984–
BEDTIME STORIES
OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。
はだしでさんぽ/秋山 道男
それから一ヶ月、まるで夢のような日がすぎた。ブッチは、『ミルフィユに捧げるコンツェルト』をパートIIIまで書きあげて、そのあいまにせっせとミルフィユにラブレターを書いた。
ある晩のことだった。ブッチはミルフィユと仲間うちの音楽会に行った帰り、彼女をフラットまで送っていった。
彼女のフラットは古いレンガづくりで、歴史を感じさせる窓辺の彫刻にツタがからまっていた。
「あら、雪―。」
ミルフィユは夜空を眺めた。暗い中で見ると彼女の青い大きな瞳はいっそう大きくなって、星のようにキラキラと輝やいた。
ブッチは静かに彼女の肩に手をおいた。彼女はまだ空を見ているふりをしている。
鼻と鼻がふれた。ミルフィユの鼻は冷たく湿っていて、なんだかブッチは悲しいような気分になった。ミルフィユを抱きしめて、何度も何度も頬ずりした。
雪は彼女の頬に落ちて、いくつかのしずくをつくっていた。それはまるで涙のようだとブッチは思った。
「ミルフィユ、愛しているよ。」
ブッチはついにいったのだ。このひと言をいうために、自分はこの世に生を受けて、このフランスに来たような気がする。
「私も好きよ、あなたのこと。」
ミルフィユがちょっとかすれた声でささやいた。
「僕はきっと一流のバイオリンニストになるよ。そして絶対に君と結婚する。」
「その前にお願いがあるの。」
ミルフィユはブッチの胸に顔をうずめながらいった。
「私好みのお方になってくださる。私小さい時から心に描いていた夢があるの。理想の男の方と結婚するって夢。だから少しづつ私好みに変えてくださる?」
「君のためだったらなんでもするよ。」
ブッチはミルフィユを抱いた腕に力をこめた。ついに手に入れた。アメリカアトランタの田舎町で、ひとりの少年猫がふと耳にした、レコードの優しいバイオリンの音色。それがこれだったのだ。このしなやかな、白い絹毛のかたまりのようなミルフィユ、“優雅”というかたまりだった。