BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

ベティー・ブルーの冒険/鈴木 海花

–11–

それにしても、ここは何てとこかしら?東の方には、どんな国があったっけ――ベティは地理の時間にもっと勉強をしておけば良かったと悔やみました。
と、その時、いきなりベティの行手に、極彩色の屋根つきの門がうかびあがりました。とても大きく、エキゾチックな建て方で、一目でベティが生まれ育った静養のものではないことが分かります。門の上の方には、ドラゴンの彫刻のある看板がかかっていて、何やらわけのわからない文字のようなものが書かれています。
「それにしても、何て強烈な建物なんでしょう!赤に緑に青に黄、中途半端な色は一つも無いわ」とベティは、見とれながら、一人ごとを言いました。

門の前に着くと、はて、困りました。どこにもベルというものが無いのです。ドア、ノッカーもありません。ベティはし方なく、失礼かとも思いましたが、ドンドンと、こぶしで門の扉をたたきました。すると、ベティの身長の二十倍もある大きな扉が、左右にゆっくりとひらきました。入ってみて、ベティは更に驚きました。門の中には、なにやらうす桃色のモヤがたちこめていて、学芸会の舞台に吊ってあるような、うずまき型の雲が二つ三つ浮かんでいるだけです。

ベティは「誰かいませんかあ」と大声で呼んでみました。すると「こちらじゃ、こちらじゃ」という声がしましたので、モヤをかきわけ声の方へ歩いて行くと、すべすべした青い絹の着物を着た、白い髪のおじいさんが、大きな桃の木の下にもうせんを敷いて坐っているのに出会いました。おじいさんはベティを見ると、「よう来なすった。『友、遠方より来る、また楽しからずや』どうじゃ、いい詩じゃろうが」と言って、青磁の酒びんから、ぐっとお酒を飲みました。それと同時に、そばの蓮の花がポン、といって開きました。

「あのお、ここは何ていう国か、教えてくださいますか?」ベティは、言葉が通じてほんとにありがたいわ、と思いながら、ていねいにたずねました。
「中国じゃよ。そしてここは、広大なる中国の蜃気楼の世界じゃ。私の名は、シンシン。まあ、ここに坐って、こんどはあんたの名を教えてくださらんかの?」
「わたしは、ベティ・ブルーと申します、よろしく」
「いい名じゃの、立派に韻をふんどる。わしは詩人だからして、韻をふんどる名前が大好きなんじゃ」
「詩なら、わたしもいくつか暗誦できますわ」とベティが、話題が途切れないように気をつかって言いました。
「それはいい、ひとつやってくだされ」そこでベティは、“GEORGIE PORGIE,PUDDING AND PIE”を暗誦してみました。
「素晴らしい!内容がちと難解じゃがの、しかし、素晴らしい押韻じゃ。その調子で、もうひとつやってくださらんか」ベティは詩人の励ましにうれしくなって、今度は“LITTLE BETTY BLUE”をやりました。

「ふーむ、それはあんたのことを歌ったものかの?靴を無くしたって?」ベティは、今までのいきさつを、詩人に語ってきかせました。
「ふーむ、ここは蜃気楼の世界じゃからの、あんまりあんたの力になってあげられそうにもないわい。それにしても、そのエビの王様が言ったっちゅう方角に間違はない、とわしはにらんどる。たぶん、もっと東じゃ、東の果てまで行かんとな」そして「こんなもんでも、いつか役に立つじゃろうから」と言って、ビー玉位の大きさの、ヒスイ色の種をベティにくれました。

やがて酔いがまわってきたのか、詩人は片ひじをついて横になると、ウトウトといねむりをはじめました。それと同時に、蜃気楼の世界も少しづつ、うすれはじめました。ベティは、ひどくのどが乾いていたことを思い出して、消えないうちに急いでそばの木から、桃をひとつもぎとり、一口かじりました。そのおいしいことといったら、アップルパイとチョコレート、プティング、ロースト・ビーフに焼きたてのトウモロコシパンを、いっぺんに食べたような味だ、とベティは思いました。桃を食べ終わるころには、七色のモヤの中に、ゆっくりと、とけていきました。