Introduction
1970年代後半から90年代にかけて、女子中高生を中心に爆発的な人気を博した「OSAMUGOODS(オサムグッズ)」の生みの親、原田治(1946–2016)。
50〜60年代のアメリカのコミックやTVアニメ、ポップアートなどから影響を受けたイラストレーション―とりわけ、簡潔な描線と爽やかな色彩で描かれたキャラクターたちは、その後の日本の“かわいい”文化に多大な影響を与えました。没後初の全国巡回展となる本展では、イラストレーターとして活動するきっかけとなった、1970年代「an・an」の仕事をはじめとして、広告・出版・各種グッズなど多分野にわたる作品を中心に、幼少期~20代前半の初期資料や、エッセイ集『ぼくの美術帖』関連資料も交えて展示し、時代を超えて愛される、原田治の全貌に迫ります。
「グッズの仕事ー OSAMU GOODS以降」より。原田治さんのイラストが使用されたグッズは、OSAMU GOODSとそれ以外に分けられます。OSAMU GOODSはプロダクトデザインから行っており、媒体自体が作品といえるものです。後者は素材となるイラストを提供し、レイアウトやプロダクトのデザインには関わっていないものです。TapiocaやPlain Sodaといったシリーズからは、多数のアイテムがリリースされました。
(1)上野動物園グッズ(1984年)。売店で販売されていたオリジナルグッズ。幅広い年代と幼い子どもの目を引く工夫が為されています。(2)Tapioca(1990年)。8つのキャラクターで展開されたライセンスグッズ。 (3)Plain Soda(1988年)ANNIE(女の子)とTRAMP(犬)のキャラクターで展開されたライセンスグッズ。TapiocaやPlain Sodaは、OSAMUGOODSよりもターゲットを低年齢に設定したブランドでした。その為、色使いや形など幼い子どもの感情に直接訴えるようなデザインが多いのが特徴です。(4)MOONY(1970年代後半)西武百貨店 子供用品のプライベートブランド。文房具や子供服などが展開されました。復刻を切望するファンが多い隠れ人気キャラクターです。
「広告・パッケージの仕事 ロング・ライフ・イラストレーション」より。カルビーのポテトチップスなどで使用されているマスコットキャラクター(1976年制作)やECCジュニアのマーク、東急電鉄のドアステッカーは、 “ロング・ライフ・イラストレーション”の言葉の通り、現在も広告分野で活躍しています。
その他広告の仕事を一部ご紹介します。【画像左】カゴメ「トマトミックス・シリーズ」のパンフレット(1980〜82年)。【画像右】ロッテの景品用ギター(制作年不詳)。
どちらも観ているだけで元気になる、健やかで楽しいイラストレーションです。食品を扱う広告は、原田治さんが考える「可愛い」の表現方法 “明るく、屈託が無く、健康的な表情であること”が最大限に発揮されています。
「太平洋上に浮かぶ島のアトリエ」より。1985年、原田治さんは東京から船で通える距離の島にアトリエを構えました。自ら設計するにあたり、アイデアの元となったのはチャールズ&レイ・イームズ夫妻のアトリエ、イームズハウスでした。ミッドセンチュリーモダンを好んだ、原田さんの趣味や美意識がつまった空間でした。都会や仕事から切り離されたこの地で、好きな抽象絵画を描くことに時間を費やしました。
窓辺においたイサムノグチのAKARIにコーヒーテーブル、側にはイームズのプライウッド・ラウンジチェア。イーゼルには師である川端実の抽象画を、テスクの上には北園克衛の作品が飾られています。絵の具で汚れた床からは抽象画を制作していた余韻が感じられます。
「アブストラクト」より。還暦後は、1年の半分ほどを島のアトリエで過ごして抽象画の制作をしていました。依頼に応じて描くイラストレーターの仕事とは明確に区別し、自分のためにのみ描くことを信条としたため、作品について知る人は、ごく少数の知り合いだけでした。抽象作品の展示は本展の見どころのひとつです。制作していた抽象画についてblog「原田治ノート」に記載があります。アトリエでの過ごし方と共に、過去に描いた作品について触れています。「太平洋上に浮かぶ島のアトリエ」のパネルや「アブストラクト」の展示を補足するような内容です。興味を持たれた方はぜひご一読ください。
OSAMU GOODSはイギリスの童歌「マザーグース」をモチーフに誕生しました。1976年に出版された『OSAMU’S MOTHER GOOSE』は絵本の中で全キャラクターを解説する、OSAMU GOODSのマニュアルブックとも言えます。この絵本の出版を元にグッズが商品化されていきました。こちらの展示ではOSAMU GOODSの始まりである「マザーグース」とグッズ化された「DUSTY MILLERのOSAMU GOODS」の原画をご覧いただけます。
かわいいの発見
「イラストレーションが愛されるためには、どこか普遍的な要素、誰もがわかり、共有することができうる感情を主体にすることです。 そういった要素のひとつであると思われる「かわいらしさ」を、ぼくはこの商品デザインの仕事の中で発見したような気がします。」「別冊美術手帖」 1983年秋号のインタビューより。
本展覧会は性別も年齢も超えて、誰もが “かわいい”を発見できるのです。
「かわいいの発見」ブースとJACKのネオンサインの間を挟んで、原田治さんの言葉が配置されいます。「可愛い」に対する想いがより強調される演出です。
締めくくりに
展覧会の最後では、黒澤明監督作『生きものの記録』について描いた、朝日新聞の仕事を紹介しています。この映画は原水爆の恐怖を真正面から取り上げた社会派ドラマ。展示ブースの左右に「かわいい」の象徴とも言えるJACKのネオンサインや出口から覗くJILLが配置されています。社会問題に対し思考停止を許さなかった原田治さん。 “かわいい”の根っこにはこの反骨精神が宿っています。
本展覧会、入り口はJILLで始まり、出口もJILLで終わる仕掛けになっています。出口から見える特大のJILLは、金津創作の森美術館でなければできなかった演出なのです。