トークショー出演者プロフィール紹介。画像左より
新谷雅弘さん
1943年生まれ。大阪市立工芸高校図案科、多摩美術大学を経て、堀内誠一氏の助手となる。1970年、『an・an』創刊に参加。170号まで携わり、その後『POPEYE』を1976年の創刊から80号まで手掛ける。『BRUTUS』(1980年~)、『Olive』(1982年~)でもそれぞれ創刊からアートディレクターを務めた。他にデザインを手掛けた雑誌に『鳩よ!』『Hanako』『GINZA』『MUTTS』(以上マガジンハウス)『たくさんのふしぎ』(福音館書店)『マミイ』(小学館)など。
信濃八太郎さん
日本大学芸術学部演劇学科舞台装置コース卒業。重要文化財自由学園明日館勤務、ペーターズショップ&ギャラリー勤務。パレットクラブスクール、コム・イラストレーターズ・スタジオ受講。 雑誌、書籍、広告などのほか、舞台美術やアニメーション作品の制作も行う。現在、WOWOWで放送されている『W座からの招待状』にご出演中。12月27日からは『W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~』がスタートします。
新谷_※あそこのカウンターで(※パレットクラブ1階のバーカウンターのこと)しょっちゅう、原田君から説教を食らっては、すぐ帰って(笑)「また言われた」って(笑)
信濃_貴重なグラスがずらーって並んでいて。で、原田先生が肩にセーターかけてて(笑)肘をかけながら和かに、新谷先生とか安西先生とかとお話されている様子を…。横で聞かせていただいているだけでも、楽しい時間でしたよね。「新谷さん、何飲む?」なんて仰って。貴重なお酒がずらーって並んでいるんですけど。
新谷_そうそう…。パレットクラブの話はいいとしても、彼のOsamu Goods(go to HAWAII)の説明をちょっとしておきたいんですよね。
信濃_あの写真ですよね。
新谷_会場の後ろに掛かっているんですけど【1】…これはハワイに行って商品を持っていってですね、それで撮った写真なんですよ。その年にハワイには2回行っているんです。なぜ2回行くことになったか。4月に1回行っているんですよ。で、全然光がなかったんです。4月は曇りで天気が悪くて。それで仕方がないからもう1回って夏に行ったんですね。それで分かったのは、原田くんの絵は日本には全く合わないということ。
新谷_日本の街とか、ああいう所に置いてもまるで合わないんですよ。で、ハワイの空気とハワイの天候ではじめて合うという。
信濃_ほぉ~…
新谷_それは皆んなに…伝える感じの絵、なんだろうね。見ていると気持ちが明るくなるっていうかね。暗くはとりあえずならないっていう。そういうものだっていうことを、持って行って…撮ってみて分かったんですけど。
とにかく大きなボストンバッグにOSAMU GOODSをたっぷり詰めて…それで、車でハワイを走っていくわけです。あの辺に行こうっていって撮って。「商店街行こう」「女学校へ行こう」って持って行くわけ。それで、ボストンバッグをビーって開けて、それぞれ何点かずつ引っ張り出して「ここがいいかな?」なんて。置いて「いいね!」って写真を撮って。そういうことをやって撮ったやつなの。
会場_へぇ~…
信濃_すごい不思議な写真集ですよね。文章がひとつもなくて。
新谷_そうなんです。書くことがなくてね。
信濃_「これ、どこにOSAMU GOODSがあるんだろう?」ってぐらい、ちっちゃく引きで撮っている写真なんかもあって。原田先生・新谷先生、どちらが撮ったかも分からない。
新谷_あのね、可愛いって言葉があるでしょ?可愛いっていう言葉、彼自身も宣言していますけど。僕はね、 “可愛い”っていう言葉の展覧会があって、その冊子をたまたま見たんですよ。図録のようなものね。そしたら “可愛い”っていう言葉についてつらつら書いてあって。10項目くらいありましたよ。その中で“健気”っていうことが書いてあった。
信濃_“健気”?
新谷_うん。「健気で可愛い」って言うでしょう?健気に一生懸命やっている、っていうのがね。例えばテーブルを拭いているとかでもいいんですよ。誰も見ていないのに一生懸命「そこまでやらなくてもいいよ」っていうふうにしているのを見て「可愛いねあの人」って言うでしょう。そういうことですよね、可愛さって。
信濃_あぁ、なるほど。
新谷_それからもうひとつ、10項目の中に“ぽつんとある“っていう。 “周りに空間があってぽつんとある、それが可愛い”というのが、あるんですよね。それが作品の中に表れている。
信濃_あの一番右にある写真とか【2】。これどこにグッズが?木が2本あって海が見えている、それですね。
新谷_ここから見えないんだけど、全然(笑)
信濃_これ、どちらが撮ったとか特徴とかあるんですか?
新谷_僕は見りゃ分かりますけど、いやもう思いつきで。僕は責任があるわけよ。一冊(の写真集)にするってことについて。彼は編集者じゃないしね。僕だって編集者じゃないよ。だけど、ちょっとだけ編集していますからね、とりあえず。だから編集も兼ねているわけ。それに、彼は写真を撮ったことがないのよ。
信濃_そうなんですか?
新谷_うん、本格的に写真撮ったことないのよ。カメラも持っていないわけ。それで、金があることは分かっていたから(笑)
会場_(笑)
新谷_「銀座にちょっとおいでよ!」って、連れて行って。レモンって会社があるんですよ。何が売っているって、ライカが売っているのよ。
信濃_あー!
新谷_そこへ連れて行って、ライカの、オート設定で撮るカメラが出たばっかりだったの。「これを買え!」って、買わせたわけですよ。すると自動で撮れるでしょ?全部自動シャッターで撮れるんですよ。それを買わせて、持って行ったの。他のカメラは使ったことないですもん。
それで心配なわけね、やっぱり。心配だから僕も一応、2台カメラ持って行ったの。僕もライカなんだけど、僕はM6っていう自分で絞り込むヤツ。僕は写真をずっとやっていましたから…彼に写真を教えながら撮らせるという。
信濃_すごい。デジカメと違って何写っているか分からないんですもんね。
新谷_一眼レフですから。
信濃_その場で確認ができないというか。
新谷_できないできない。それでやっぱり二人とも素人でしょ?不安なんですよね。それで「とにかく原田君ね。自動で絞りが出るけどね、変えて。少しずつ。マニュアルにして、少しずつ。変えて6枚撮ってくれって」って言ったのよ。「ワンカット6枚撮ってくれ」って。この際、お金のこと言ってられないからね。そしたら1点くらい使えるヤツはあるんだよ!
信濃_ふふふ(笑)
新谷_手ブレとかもあるから必ず撮ってくれって。
信濃_そうですよね。
新谷_普通にしたら高くつくよね、スリーブ1本分ですからね。コダックのフィルムをドサッと買って持って行ってますから。それで、僕が露出を測って「8.5の何絞り」とかね。で、ハワイって驚いたのが、日本で絶対使えない、もう無いフィルムですけど…“ISO感度25”って分かりますか?感度のすごく低いフィルム。
そのフィルムがピッタリなの。光を吸い込んで。それでもガッと絞らなきゃ駄目なの。浜辺で撮ったのがそれですよ。あそこにあるヤツ【3】。グラスがあって…海がありますね。あれ、原田君が撮ったやつなの。(浜辺に)穴をほじくってさ…小津(小津安二郎)になりきって、ローアングルで。
あれなんかもうめちゃくちゃ(絞って)、自動では駄目なくらいね。だからガーッと絞って2000の1秒とかそんなので撮ってる。だからめちゃくちゃピントがいいのよ、あれ。
信濃_そうですね!
新谷_そんなことやってて。それでも不安でしょ?それで途中で向こうの現像所に出したのよ。撮った写真。出して1日待って。それで全部、見たんですよ。すると全部写っているの、これが!
びっくりしちゃった、ホント!一枚も失敗がないの!全部きれーいに写っているの!「よかったぁ~!」って。まずホッとして「凄いね、原田君。写っているよ!」「そうっすか、へ~」って調子なんだよ。な~んか、知らん顔してるんだよ。涼しい顔していた(笑)
信濃_いつでも涼しい顔してるんですかね?(笑)
新谷_そりゃそうでしょう、くそったれが!(笑)
信濃_ははは(爆笑)
会場_ははは(爆笑)
新谷_それで、この写真は僕のライカと、原田君のライカと僕のニコンと。3つのカメラを使って撮っている写真なんですよね。僕の撮った写真は全部分かりますよ。僕が撮ったヤツで…これはライカだな、これはなんとか。分かるので…当たり前だけどね。
それで彼のレンズは非常に広角なレンズだったので。それで良かったのは、住宅街の所に行って、玄関のところで撮るっていう、シーンがあったんですけどね。僕のカメラは住宅が入らないのよ、上手い具合に。
信濃_あぁ、なるほど。
新谷_で、彼のカメラ使って…ここには(写真が)出てないかもしれないけど…、玄関のところにグッズを置いて、住宅がバーンと向こうに写っているのが撮れたのね。そういうのは彼が撮ってるのね。後、Tシャツをぶら下げているヤツ【2】。あるでしょ?左から2番目のヤツ。
信濃_グラス?
新谷_グラスか!ここから見ると見れないや。それは…原田君が座って撮ったヤツ【3】ですね。
信濃_展示してあったアトリエの写真【4】は?
新谷_あれは僕が撮ったんです。あれは僕が他の仕事でね、原田君のアトリエに泊まらせてくれって頼んで。
信濃_すごくいい写真ですよね。
新谷_それで、やっぱり失敗したらまずいだろう?いつもの手で、ライカとニコンと…ハッセルっていう高いカメラがあるんだよ。ものすごい高い、古道具屋で買っても高いの。それを買ったのよ!そのために!
信濃_アトリエを撮るために?
新谷_うん。貯金叩いて、カラになるくらいに(笑)それを買って、そのまま持って行ったの。道具も、いろんなものを送って。大枚、えらい金かけて。でも使ったことがないから船の中でこうやって(と、ページをめくる仕草をする)使用書を読んでさ。
信濃_はははは(笑)ドキドキしますね!
新谷_でもな~…って不安になるよね。また(使用書を読んで)研究してさ。それで撮った写真があの中で、一番大きくのばしてくれているヤツ…アトリエにこうこうと電気がついてローアングルで撮ったヤツ【4(中央一番上の写真)】。あれは、床にカメラを置いて、寝てね。
ハッセルは上から見れるのね。そうやってね、撮ったの。あれは二人で協力してやりましたから。原田君はライト持って走っているんですよ、あれ。「あーあー、右右!」って。「この辺ですか~?」「もうちょいだな」「こう?」「イケるイケる、そのままじっとしていて!」って言って(笑)
信濃_写っていない所で(笑)
新谷_そう。「はーい」とか言ってカシャ。「もう一枚!」「もうちょっと下行ってくれる?」とか言って。その合作なの、あれは。
信濃_あのアトリエのデザインも…すごく素敵ですもんね!
新谷_とにかく、1ミリとも動かせないセッティングがしてあるんですよね。
信濃_今でも原田先生のブログが…皆さんも読まれてらっしゃるかと思いますけど。『原田治ノート』で検索すると、沢山のこだわりについて書かれている文章が残っていて…読めますもんね。
新谷_いや~、あのこだわりはね。菊地信義って装丁者…さっき言ったけど、あれがまたバカこだわり。
信濃_そうなんですか?(笑)
新谷_原田くんもバカこだわり。僕はなんにもこだわらない。落差が激しすぎるんですよね。兄弟漫才みたいなもんで(笑)
「どうでもいいわい!なんでもいいから飲みたいから早くよこせ!」って言うのが僕。「うるさい!」って言うのが原田君。そのうるさいものが、別に高いものじゃないのよ?でも彼の好きなものって、一貫していますからね。
信濃_そうですね~。
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